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吸血鬼ドラキュラのモデルとなった人物
世界で初めて吸血鬼ドラキュラが誕生したのは、19世紀にブラム・ストーカーが出版した「吸血鬼ドラキュラ」という本である。
吸血鬼ドラキュラにはなんとモデルとなる人物がいた。



ヴラド・ツェペシュ
※画像Wikipediaより
ヴラド3世は、1431年(1430年説もある)11月10日、トランシルヴァニア地方のシギショアラでドラクレシュティ家のヴラド2世の次男として生まれた。この年、父ヴラド2世は神聖ローマ帝国からドラゴン騎士団の騎士に叙任され、そこからドラクルという異名が付いた。
ヴラド3世は15世紀に、ワラキア(今のルーマニア)を統治した王だが、宿敵オスマントルコを敗退させ、英雄と祭り上げられる一方、竜の息子、悪魔の子と恐れられていた。
父の異名であるドラクル(dracul)には、竜公そして同時に悪魔公という意味を持ち、ドラクルの息子、竜の子、悪魔の子と呼ばれていた。
また、ヴラド3世は、残忍非道な性格で、敵味方の裏切りに容赦がなく、すべて串刺しの刑を行っていた。
ブラド・ツェペシュと表記される事が多いが、ツェペシュは名ではなく、ルーマニア語で串刺し公を意味する。
こうしてヴラド・ツェペシュという異名が世に知れ渡ったが、なぜドラキュラが誕生したのだろうか?
実は父ドラクル(竜公、悪魔公)の息子から来た異名で、ドラキュラは竜の子、悪魔の子という意味なのである。
ヴラド3世は、ドラキュラ(竜の子、悪魔の子)とツェペシュ(串刺し公)という複数に渡る異名も持っていたのだ。
本人であるヴラド3世は、ツェペシュ(串刺し公)の異名ではなく、ドラキュラという異名を気に入っていたとされる。
その事を裏付けされるかのように本人のサインもヴラド・ドラキュラであった。
●自らの手を汚すのを嫌い極度な潔癖症だった。
●自分の名前をドラキュラと名乗る程に気に入っていた。
●ワラキア(今のルーマニア)を統治した王

実は歴史上で重要となった人物は、代わった正確の人が多いみたいなんだ。



そしてドラクルの子である、ヴラド3世は、自身のサインをドラキュラと記載している事から、悪魔の子という意味ではなく、竜の子という意味に満更気に入っていたのだろう。
バートリ・エルジェーベト
※画像Wikipediaより
ハンガリーの伯爵夫人バートリ・エルジェーベトは、ヴラドと良く混同されてしまう人物で、自分の容姿が衰える事を恐れ、若い女性を殺しては搾り取った血を浴槽に満たし、そこに浸かる事で永遠の若さを手に入れられると信じていた。
それに加え残虐行為には
さらに身体の具合が悪いときには、娘達の腕や乳房や顔に噛み付き、その肉を食べたともいう。同性愛、多淫、黒魔術を行ったなどの証言もあった。

※画像Wikipediaより
貴族であり、かつ結婚までしていたにも関わらず非常に恐ろしい話である。
このような非人道的な行為を日常的に行っていた彼女は「血の伯爵夫人」という異名を持っている。
また、結婚もしていたが、バートリ・エルジェーベトの方が身分の上の貴族であったため、名前は変わっていない。
ドラキュラのキャラクターとしての設定
ブラム・ストーカーの出版したドラキュラのキャラクター設定も一緒に紹介しておこう。
「背の高い痩せた男」「燃えるような赤い目」という印象で繰り返し描かれる。登場当初は白髪の老人で、中盤から血を吸って若返り、髪も黒髪になる。「鷲を思わせる精悍な顔つきで、口髭を生やし、肌とは不釣り合いな毒々しく赤い唇に尖った犬歯が覗いている」といった容貌。服装は黒ずくめであるという他は特に記述されていない。対して性格や趣味趣向は細かく設定されている。「来客の給仕や城に囲っている女吸血鬼の世話といった家事もマメにこなす。活動期間は日没から日の出までで、夜が明けるとともに死体に戻るため(ただし、日中でも活動している場面が劇中に存在する)、本来は自分の墓の土の中に戻らなければならないが、通常は城内の納骨堂に設えられている石棺の中に墓の土を敷き詰め、日中はそこに目を開けて横たわっている。十字架をはじめとする神の息のかかっているものとニンニクを忌避する。怪力無双、変幻自在、神出鬼没で鼠、梟、蝙蝠、蛾、狐、狼などを操り、嵐や雷を呼び、壁をトカゲのように這うことができる。影が無く、鏡に映らない。他人の家にはその家の家人に招かれなければ入ることが出来ない。一度招かれると以後は自由に出入りが出来る。」
※Wikipediaより
上記の事から今も、昔も吸血鬼の苦手な物などは変わらずに伝承されている事が分かりましね。
また、夜が明けると墓の土の中に戻らないといけないといった内容は、アニメ「屍鬼」の死に戻りに似ており、アニメ上で死に戻りは血を吸わないと死んでしまう等、類似点がいくつかあり、アニメ「屍鬼」は吸血鬼ドラキュラの原作のキャラクターから参考にされて作られたということでしょうか。
ドラキュラとバンパイアの違い
ドラキュラは人間の血液を吸う怪物とされており、バンパイアは人間の血液に限らず生物の精気を吸うとされている。
バンパイアはルーマニア語でノスフェラトゥと言う。
ノスフェラトゥは日本では、不死者と訳されることが多い。
ただし吸血鬼を英訳すると「vampire」である事から同じ種の怪物として区分されていると考えられる。
ドラキュラ城のモデルはブラン城
※画像Wikipediaより
ブラン城は、ヴラド3世の父であるヴラド・ドラクルが建設した城で、宿敵であるオスマン帝国をいち早く発見する為に、山中に築かれている。
ブラム・ストーカーが出版した「吸血鬼ドラキュラ」のドラキュラ城はこのブラン城がモデルになっているとされている。
ドラキュラのモデルはヴラド3世
以上の事からブラム・ストーカーが出版した「吸血鬼ドラキュラ」のモデルはヴラド3世と推測される。
ブラムストーカーは、終生アイルランドから出ることは無かったが、この地域ワラキア(今のルーマニア)について地図や文献でよく調査しており、ヴラドがモデルになった事を裏付ける要因となっている。
また、ヴラドをモデルにした作品は他にも存在し、日本のアニメ「ゴーストハント」の血塗られた迷宮より、浦戸=ヴラドとし、妖怪・悪魔として登場する。
ゴーストハントは、SPR(渋谷サイキックリサーチ)という事務所を構え、心霊調査を行い、幽霊を成仏させ、解決していく話だ。
その一つの話としで血塗られた迷宮では、浦戸という人物が調査上で浮上する。
浦戸は、大変なお金持ちであったが、病弱により寝たきりの生活をお送っていた。
浦戸は、若い人の血を浴槽に満たしそれに浸かる事で健康になれると信じていたという話だ。
ゴーストハント内の話では、幽霊を成仏させたり、呪詛を返したりと様々なオカルトの専門知識が登場するが、唯一成仏、除霊が出来なかったのが浦戸である。
浦戸は、霊ではなく、悪魔と言っており、この事もヴラドに似せた設定だったのかもしれない。
ゴーストハントでの上記話は20話の血塗られた迷宮にて紹介されており、血の浴槽に浸かる事はまさにバートリ・エルジェーベトから来ている思られる。
その他、ヴラドの性格である潔癖症や残忍非道な性格なども浦戸と同一であり、両者の事柄を参考にして作られた話と推測される。
・名前の由来は父の名前の肩書から来ている。

