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スタジオジブリの作品であり、宮崎駿監督の息子「宮崎吾朗」が初監督作品の「ゲド戦記」ですが、ジブリファンの間では不評だという話もあります。
そのせいか、ジブリ作品の中ではあまりその作品名を聞くこともなく、ゲド戦記がジブリ作品だと分かっていない人も多いようです。
そんなゲド戦記ですが、ナウシカなどと同じように都市伝説がいくつか存在しています。
今回はゲド戦記の都市伝説をまとめてみました。

「ゲド戦記」の親子喧嘩は炎上商法?
(画像参照元:https://www.cinematoday.jp/news/N0096544)
スタジオジブリ作品として異端といわれているゲド戦記は、序盤に主人公・アレンが実の父親である国王を殺してしまうシーンがあります。そしてラストで自分の親を殺した罪を償うため、国境に戻るというジブリでは考えられない展開で終わってしまうのです。
普通に考えればそういう選択もありだと考える人は多いでしょうが、ゲド戦記を観たことのある人なら「父親を殺す必要はなかったのでは?」という意見を持つ人が多いようです。
必要がないのに、なぜ父親を殺さなければならなかったのか。
この理由に関しては都市伝説で「息子である宮崎吾朗が父親である宮崎駿を超える」、そのための表現だったのではないかと言われています。
世界的にも有名な宮崎駿の息子というだけでも相当なプレッシャーだったでしょうし、初監督作品とならなおのことストレスが強かったのではないでしょうか。
ゲド戦記制作の裏では親子喧嘩が勃発?
(画像参照元:https://eiga.com/person/87716/)
実はゲド戦記は昔から宮崎駿監督が自身の手で映画化したいと周囲に話していた作品で、出版社に話をしていたこともあるんです。
出版社の回答は思わしくなく、その後制作されたのが「風の谷のナウシカ」だと言われています。ナウシカはゲド戦記の影響を受けていると宮崎駿監督自身が認めているので、よほど強い思い入れがあるということがわかりますよね。
そして運命か、ゲド戦記の原作者が「となりのトトロ」を観て作品に感動したということから、ゲド戦記の映画化話がでたのですが当時は「ハウルの動く城」の制作中で宮崎駿監督自身が動けない状態でした。
そこで登場したのが宮崎駿監督の息子である、宮崎吾朗の初監督起用ですが、ゲド戦記の制作に関してこの2人が激しいバトルを繰り広げたという噂があります。
結果的にこの噂は、全て宮崎駿監督たちが仕組んでいた「炎上商法」だったのでは?という噂があるんです。
親子関係は良好で、映画製作の意見を交わしても喧嘩にまで発展するような確執を生んでしまうような関係ではないともいわれていたのも大きいと言えます。
あえて良好な関係を気づいている親子が、映画製作でバトルすることで話題性を呼びゲド戦記に世間の注目を集めた、というところなのではないでしょうか。
もし宮崎駿監督たちが意図して起こした炎上商法なら、見事に成功したと言えますね。
父親殺しのシーンは吾朗監督2作目にもあった?
宮崎駿監督との確執などの噂もあってか、ゲド戦記の父親殺しのシーンは、吾朗監督の深層心理を表現しているのではないかと言われています。
そして吾朗監督2作目の「コクリコ坂から」でも、制作段階で「父親を爆殺」しようとしていたそうですが、コクリコ坂は宮崎駿監督が脚本を担当していたため、公開前にそのシーンはカットされたそうです。
この話が本当なら、吾朗監督は相当なプレッシャーと戦いながら作品を作り上げていることがわかりますね。
宮崎吾朗は干されていた?
炎上商法かもと言われている宮崎駿監督と、吾朗監督の喧嘩ですが、これは宮崎駿監督の発言が問題となっているようです。
ゲド戦記が公開された時期に宮崎駿監督が
「成長しきっていない子どものころのままの息子を観ている気分」
「2本目は作らないほうがいい」
という発言をしたことが発端となっているのでしょう。
一説にはこの発言もあってか、スタジオジブリ内が宮崎駿監督と吾朗監督の2つの派閥にわかれたとまで言われていますが、真実は分かりません。
吾朗監督が2作目の「コクリコ坂から」を製作したのはゲド戦記から5年も経ってからです。宮崎駿監督が「辞めちまえ」発言をしたという話もあり、5年のブランクがあったのは、干されていたのではないかという噂が流れています。
ゲド戦記と同じ日に公開されたジブリ提供映画がある?
(画像参照元;http://www.ghibli-museum.jp/outotori/news/000827.html)
あまりにも影が薄すぎて知っている人は少ないかもしれませんが、ゲド戦記の公開初日にスタジオジブリが提供した作品が公開されています。
タイトルは「王と鳥」というもので、原作は1980年にフランスで公開されたアニメ映画です。宮崎駿監督だけでなく高畑監督やジブリ作品に大きな影響を与えたといわれています。
字幕は新しく制作されたものですが、高畑監督が担当していたために「宮崎アニメ潰し」とまで噂されていました。
高畑監督は相乗効果を狙っていたといっていますが、真相は分かりません。
最初は「遠い旅の終わりに」というタイトルの予定だった
(画像参照元:https://tapittalk.com/kinro-gedo/)
ゲド戦記はジブリ作品にしては珍しく、海外の原作つきの映画で原作者はアメリカの女性小説家、アーシュラ・K・ル=グウィンです。
ゲド戦記は当初「遠い旅の終わりに」というタイトルの予定だったんですが、原作者であるル=グインがこのタイトルに激怒したため、「ゲド戦記」に戻されたと言われています。
映画公開後、スタッフの中には「仮タイトルで公開しておけば、ここまで低評価にならなかったのでは?」と言っていたそうです。
この発言はネット上に流出してしまい、騒ぎになったともいわれています。
ストーリーが原作と異なる理由
となりのトトロをみて感動したル=グインから映画化許可の話題が出たとき、吾朗監督は原作に忠実な内容にするつもりだったと言われています。
しかし原作に忠実にすることで自分のイメージにそぐわないという理由で、自身の父親である宮崎駿監督の「シュナの旅」を原案に取り入れ、吾朗監督自身の独自解釈でストーリーを作ったそうです。
出来上がった映画をみたル=グインは、原作と大きく内容が異なっていたことに違和感を覚えたと批判しているそうです。今までのジブリ作品と違い、外国人が原作ということもあって、考え方の相違などが多い状態でストーリーを練り上げてしまった結果このようになってしまったのでしょうね。
ストーリーもかなり原作を圧縮しているので、気になる人は原作を読んでみることをおすすめします。
原作のテルーの容姿はかなりひどい?
スタジオジブリのゲド戦記に登場するテルーには顔にあざがありますが、原作ではあざの原因に触れています。
原作では、幼い頃両親によって焼かれたことでついた傷と言われていますが…。
原作では、テルーは顔だけでなく右半身がやけど痕があり、右目がつぶれているというかなり悲惨な状態になっており、やけどの際にのども痛めてしまってスタジオジブリ版のように歌を唄うことができない状態になっているんです。
原作と主人公が違う?
スタジオジブリのゲド戦記では、アレンが主人公となって物語が進みますが、原作はハイタカ(ゲド)が主人公と会っています。
原作では作品のタイトルにもなっているゲドの少年~青年の期間の物語を描いているのです。
ゲドとアレンの出会い方も違う
スタジオジブリ版のゲド戦記は、父親でもある国王を殺したアレンが逃走中にゲドと出会って旅をする設定になっていますが、原作ではアレンは国王世界の異変をゲドに伝えその知恵を借りるようにと命じられているんです。ゲドと出会ったアレンはそのまま世界の均衡が崩れていく元凶を探る旅をしているという設定になっています。
影の意味も原作と異なる
ゲド戦記には「影」という存在が登場しますが、スタジオジブリ版ではアレンの分身のように描かれて常にアレンを追い回していました。スタジオジブリの「影」の正体はアレンの心の中にある光とされています。
ゲドに復讐しようとしているクモにより、アレンは心の光を分離されてしまい光を探し求めるも闇に心が捕らわれていき、最終的にテルーによって心の光がアレンに戻ります。
しかし原作では、「影」とは「恐怖」「不安」「憎しみ」「高慢」といった人の心の闇全般を指し、スタジオジブリの設定とは全く逆になっています。
ゲドの顔のあざの理由
(画像参照元:https://twitter.com/jibu_hibiku/status/1034729435809763328)
主人公のゲドには顔にあざがありますが、これは生まれながらの物ではなく、あざができた理由があるそうです。
あざができた理由は「魔法が暴走したため」と言われています。
自分自身の魔法の威力に自信過剰になってしまい、魔法が暴走した結果、分身ともいえる影を呼んでしまい戦ったときにできたというもの。
このあざは2度と消えることなく、この件からゲドの自信過剰な性格がおちつき、おとなしくなったといわれています。
ゲドがテルーを見て驚いた理由
(画像参照元:https://twitter.com/jiburi_love_/status/1034216020188127232)
スタジオジブリのゲド戦記は非常に謎が多いと言われていますが、一番の謎はアレンに助けてもらったテルーを見たときに、ゲドが驚いていることでしょう。
ゲドが驚いた理由として考えられるのは、テルーの中にある龍の素質を姿を見ただけで見抜いていたと考えられるのではないでしょうか。
ちなみに原作ではテルーはゲドとテナーの子供という設定になるので、成長した娘に会って驚いているとも考えることができますね。
テルーは冒頭の龍なのか?
(画像参照元:https://okapi.at.webry.info/200807/article_16.html)
ゲド戦記のラストで、テルーが龍であることが判明しますが、冒頭で登場した落ちてきた龍ではないのかと思った人は多いと思います。
しかしテルーは「先祖返り」をしたとも考えることができるのです。
ストーリーを最初からよく考えてみると分かるのですが、冒頭のシーンは住み分けができていた龍の世界と人間界が混ざり、均衡が崩れてしまうことを意味しているシーンです。
このことから考えると、テルーは覚醒遺伝などで自身の中にある龍としての特徴が出る「先祖返り」の状態になったと考えるのが妥当ではないでしょうか?
ゲドとテナーの関係は?
(画像参照元:https://twitter.com/castle_gtm/status/951796508453617664)
ファンの間ではゲドとテナーは恋人だという話が噂されていますが、映画の中では2人の馴れ初め的なことは描かれていないんです。唯一ヒントと思えるのが「アチュアン墓地を思い出す」というテナーのセリフですが、映画だけではこのセリフが何を意味するのか分かりません。
これは原作を読めばわかることなのですが、テナーはカルガド帝国では「大巫女」という存在でとある理由で「アチュアン墓地に幽閉されていた」のです。
そこに現れたのがゲドで、テナーをアチュアン墓地から連れ出し今の暮らしをしていたという設定になっているので、恋人だという噂が流れているようです。
「ミノノハシ」はラピュタなどにも登場している
(画像参照元:https://twitter.com/togame_nikko/status/885977697758789633)
吾朗監督が原案に取り入れている宮崎駿監督の「シュナの旅」には「ミノノハシ」という生き物が登場します。姿はねずみのような体つきで尻尾が大きいという特徴がありますが、この生き物は天空の城ラピュタ」や「もののけ姫」にも登場しています。
「ミノノハシ」自体は宮崎駿監督が想像した想像上の生物ですが、天空の城ラピュタの絵コンテに描いてある「ミノノハシ」の経歴については全くのでたらめです。
あまりにも詳細に書かれていたために、「ミノノハシ」の資料を探しに図書館にまでいき、見つけることができず困惑したというエピソードがあるそうです。
クモのモデルの正体とは?
(画像参照元:http://studiototoro.com/kumo-1958)
ゲド戦記に登場する「クモ」は魔法使いで、永遠の命を授かるために禁断とされている「生死両界を分かつ扉」を開いてしまいます。その性別は男性なのになぜか女性で描かれている不思議なキャラクターですが、モデルになった人物がいるというのです。
クモのモデルになったといわれているのはスタジオジブリの女性スタッフだそうで、本人はとても不本意でモデルにされたことを知ったときはかなりショックだったそうです。
ホート・タウンの原形の秘密
(画像参照元;http://orange.ap.teacup.com/avionitoh/425.html)
ゲド戦記のポスターにも使用されている「ホート・タウン」の街並みのイラストは宮崎駿監督から吾朗監督へのイラストです。
宮崎駿監督は当時自分の息子が監督になることを強く反対していたそうです。吾朗監督に対して3日間も「本当にできるのか?」と問いただしていたほどと言われており、それでも意思が変わらない吾朗監督に宮崎駿監督がはなむけで「ホート・タウン」の原形イラストを描いて贈ったといわれています。
手嶌葵の演技がすごい!?
(画像参照元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E5%B6%8C%E8%91%B5)
ゲド戦記のヒロイン・テル―の声優を務めた手嶌葵(てしまあおい)さんは、無名の新人だったため声優としての経験に乏しく、とても悩んでいたそうです。
特に首を絞められるシーンで苦しむ演技がどうしてもできず、最終手段で吾朗監督に首を絞められながらアフレコを行ったのだとか…。
いくら経験不足でもここまでやるとは、声優って大変なんですね…。
ゲド戦記に関しては2作目も計画の話があるようですが、1作目と同じように原作のストーリーに手を入れるでしょうから、今のうちに原作を読んでおくことをおすすめします。
原作を読んでおけば、映画で語られていない部分もわかるので、より楽しむことができるかもしれませんよ。
様々なジブリ裏話を見ていこう。